関野凖一郎「栄三と松王丸」 | 山田書店美術部オンラインストア
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作品詳細
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商品番号
78466
作家
関野凖一郎
作品
栄三と松王丸
技法
木版
エディション
ed.100
サイン
直筆サイン
状態
少シミ 少マットヤケ
サイズ
48×63.5cm(イメージサイズ) / 75.5x89.5cm(額サイズ)
枚数・点数
1面
制作年
昭和28年(1953)
付帯品
額装
備考・解説
※初代吉田栄三(1872-1945):文楽人形遣い。大阪府東区濃堂町に、玩具の人形作りの家に生まれた。母方の叔母が女義太夫で、その叔母が人形遣いの吉田栄寿と結婚したことから、1883年6月、大阪・日本橋沢の席の初開場に二代目吉田光栄の名で初舞台を踏む。特定の師匠を持たず、稲荷座などにも出入りしながら、伝統的な技術や型を学んだ。1892年、彦六座で栄三と改名。1898年に御霊文楽座へ移り、初世玉造と紋十郎から厳しく鍛えられた。1907年、紋十郎の代役で『和田合戦』の「市松初陣の段」を演じ好評を博した。やがて文楽座の花形となって活躍し、1927年の桐竹紋十郎没後、長い間空席だった人形遣いの座頭となる。娘や二枚目を得意としたが、座頭となったのを機に女形を三代目吉田文五郎に譲り、立役に転じた。『天の網島』の治兵衛、『沼津』の重兵衛、『良弁杉由来』の良弁などは、渋く内面的な演技として高く評価され、近世の名人とうたわれた。1945年12月9日、奈良の疎開先で栄養失調により死去。享年74。
¥50,000(税込)
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