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浮世絵

広重初代 Hiroshige I

広重初代

寛政9年<1797>-安政5年<1858> 江戸・八代洲海岸出身
浮世絵風景版画において葛飾北斎と並ぶ、金字塔を打ちたてた浮世絵師。別名・安藤広重。号は広重の他、一遊斎、一幽斎、一立斎、立斎、歌重など。歌川豊広の門人で狩野派、南画、四条派などにも学びました。火消同心の家に生まれ、27歳で家督を譲り隠居するまで、絵師との二足の草鞋を履いていたと言われています。北斎の「富嶽三十六景」と同じ天保2年(1831)に刊行した「東都名所」で風景画家としての評価を高め、天保4年頃(C1833)より代表作となった保永堂版「東海道五十三次之内」シリーズが刊行され、その名声を不動のものとしました。このシリーズは遠近法や、風や雨などの気象変化の見事な描写、宿場風俗に溢れるユーモアなど、作品としての素晴らしさに加え、当時の空前の旅行ブームと相俟って、爆発的なヒットとなりました。その人気から、行書東海道や隷書東海道、人物東海道などと呼ばれる東海道のシリーズが、広重画として20種以上も刊行されています。また、晩年の大作「名所江戸百景」(※没後、二代広重の作品に目録を合せて120枚揃で完結)は、大胆な構図で四季折々の江戸風景が描かれ、「亀戸梅屋舗」はゴッホが模写したことでも知られています。海外において広重の作品は、特に藍色の美しさで評価が高く、色鮮やかな青は”ジャパンブルー”または”ヒロシゲブルー”と呼ばれ、印象派やアール・ヌーヴォーの芸術家たちに大きな影響を与えました。
1823年 火消同心の家督を譲り隠居。
1831年 一幽斎描き「東都名所」で注目される。
1833年 翌年にかけて「東海道五十三次之内」(保永堂版)を刊行。
1856年 「名所江戸百景」刊行開始(1859年完結)。
1859年 「冨士三十六景」(蔦屋吉蔵版)刊行(前年より制作)。

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広重初代「東海道五十三次之内 桑名」

広重初代「東海道五十三次之内 桑名」

木版 小判(18.5×25.7cm) 
弘化期−嘉永期(1847-52)
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広重初代「名所江戸百景 京橋竹がし」

広重初代「名所江戸百景 京橋竹がし」

木版 大判 
安政4年(1857)
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広重初代「江戸名所 隅田川三囲堤」

広重初代「江戸名所 隅田川三囲堤」

木版 大判(24×34.8cm) 
安政元年(1854)
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広重初代「江戸名所 佃嶋住吉の杜」

広重初代「江戸名所 佃嶋住吉の杜」

木版 大判(24×35.5cm) 
嘉永6年(1853)
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広重初代「東都名所 芝神明境内」

広重初代「東都名所 芝神明境内」

木版 大判(24.4×36.6cm) 
江戸期
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広重初代「諸国六玉河ノ内 武蔵調布」

広重初代「諸国六玉河ノ内 武蔵調布」

木版 大判 
天保6-7年頃(1835-36)
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広重初代「東海道五十三次之内 川崎」

広重初代「東海道五十三次之内 川崎」

木版 大判(23.7×36.7cm) 
天保期 C1834
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広重初代 豊国三代「雙筆五十三次 鞠子 」

広重初代 豊国三代「雙筆五十三次 鞠子 」

木版 大判(35.8×25.2cm) 
安政元年(1854)
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広重初代「東都名所 柳嶋妙見堂」

広重初代「東都名所 柳嶋妙見堂」

木版 大判(24.3×35.9cm) 
安政頃 C1858
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広重初代「江戸名所 隅田川之月」

広重初代「江戸名所 隅田川之月」

木版 大判(23.9×35.5cm) 
嘉永頃 C1853
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