芳虎 Yoshitora
文政11年頃<1828> - 明治20年頃<1887>
歌川国芳の門人で通称は辰五郎。作画期は天保年間(1830-1844)から明治20年頃。一孟斎、錦朝櫻と号し、明治6年頃からは永島芳虎、永島孟斎を名乗りました。安政5年頃(1858)に国芳の門を去りましたが、明治初年には人気絵師として名を上げており、師・国芳風の武者絵や、維新前後の目新しい風俗を描いた横浜絵や開化絵などで幅広く活躍。嘉永2年(1849)の錦絵「道外武者御代の若餅」では、徳川家康を風刺したかどで処罰されています。
木版 大判 3枚続
慶応3年(1867)
SOLD
木版 大判 3枚続
文久2年(1862)
SOLD
木版 大判 1枚
文久元年(1861)
¥25,000
木版 大判 3枚続
嘉永6年(1853)
SOLD
木版 大判 3枚続
文久2年(1862)
SOLD
木版 大判 3枚続
万延元年(1860)
¥120,000
木版 大判 1枚
万延2年(1861)
¥25,000
木版 大判 1枚
文久元年(1861)
¥20,000
木版 大判 3枚続
明治3年(1870)
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木版 大判 3枚続
明治10年(1877)
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木版 大判 3枚続
文久2年(1862)
¥150,000
木版 大判 1枚
慶応2年(1866)
SOLD
木版 大判 3枚続
明治3年(1870)
SOLD
木版 大判
元治元年(1864)
SOLD
木版 大判 3枚続
慶応元年(1865)
SOLD
木版 大判 竪2枚続
明治4年(1871)
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